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仙台地方裁判所 平成2年(ヨ)76号 決定

債権者

川越英真

右代理人弁護士

清藤恭雄

馬場亨

富澤秀行

債務者

学校法人 栴壇学園

右代表者理事

山崎正道

右代理人弁護士

佐藤裕

犬飼健郎

主文

債務者は、債権者に対し、金四三万三三六二円及び平成二年三月一日から本案第一審判決に至るまで、毎月二一日限り、金三八万二〇二〇円を仮に支払え。

債権者のその余の申請を却下する。

訴訟費用はこれを二分し、それぞれを各自の負担とする。

事実及び理由

第一申請の趣旨

一  債権者は債務者に対し、雇用契約上の地位を有することを仮に定める。

二  債務者は、債権者に対し、四三万三三六二円及び平成二年三月一日から本案判決確定に至るまで、毎月二一日限り、三八万二〇二〇円を仮に支払え。

三  債務者は、債権者に対し、本案判決確定に至るまで、毎年三月一五日限り三三万二九〇〇円を、毎年六月一五日限り八三万二二五〇円を、毎年一二月一五日限り一一六万五一五〇円を、それぞれ仮に支払え。

第二事案の概要

一  本件は、債務者から懲戒解雇処分を受けた債権者が、雇用契約上の地位を仮に定めることを求めるとともに、給与(一か月三八万二〇二〇円、支給日毎月二一日)及び賞与(年間七か月分)の仮の支払を求めたものである。

二  争いのない事実

1  債務者は、仏教の教義及び曹洞宗立宗の精神に基づき、教育基本法に従って学校を設立することを目的とする学校法人であり、仙台市青葉区国見一丁目八番一号に東北福祉大学(以下「福祉大」と言う。)を設立し、経営にあたっている。

債権者は、昭和五五年三月に東北大学大学院文学研究科博士課程(印度学・仏教史専攻)を満期退学し、同年四月に東北大学文学部助手に採用されて、三年間研究、教育に従事した後、昭和五八年四月に福祉大非常勤講師を委嘱され、昭和五九年四月、同大学専任講師として採用され、学問研究及び講義等に従事してきたものである。

2  債務者は債権者に対し、平成二年一月一七日、債権者を懲戒解雇(以下「本件解雇」と言う。)する旨の意思表示をした。

三  債務者の主張

債権者に対する懲戒解雇事由は次の1ないし8のとおりである。

1  無断欠勤について

債権者の欠勤状況は次のとおりである。

昭和五九年一二月一二日から昭和六〇年一月九日 一八日間(年末年始を除く)

昭和六〇年二月一日から同月一六日 一六日間

同年一〇月一日から同月一六日 一六日間

同年一二月一六日から昭和六一年一月一六日 二一日間(年末年始を除く)

昭和六一年三月一三日から四月一六日 三五日間

同年一〇月三一日から一一月二八日 二九日間

同年一二月二五日から昭和六二年一月三一日 二七日間(年末年始を除く)

平成元年五月一日から同月一六日 一六日間

同年九月一日から同月二二日 二二日間

同年一二月一四日から平成二年一六日 二三日間(年末年始を除く)

右の事実は、就業規則六〇条一号の正当な理由なしに欠勤が引続き一六日以上に及んだときに該当する。

なお、右出勤状況は、債権者の出勤カードの押捺状況から認定したものである。同人は出勤の都度押捺していなかったが、出勤した日については、後日まとめ押しを行っていたので、出勤したにもかかわらず押印していない部分があるとは考えられない。

また右期間中、一、二日出勤していたとしても、同様のことが反復されている状況等から判断すると、就業規則六〇条一号に準ずる行為であり、就業規則六〇条一四号の懲戒解雇事由に該当する。

2  出勤簿への押印不実施について

債権者は、福祉大学長の度重なる業務命令にもかかわらず、就業規則二三条に定められている出勤簿に出勤の押印を実施していない。

3  研究室の移転拒否について

債権者は図書館棟内になる研究室を自己の研究室として使用してきたが、昭和六二年四月、大学二号館の建設計画に伴い、債務者は債権者に研究室及び教室棟にある第6研究室に移転するように要請したが、同人は、移転の要請を拒否し、度重なる移転の業務命令にもかかわらず、研究室の移転を一年にもわたり拒否しつづけ、大学の固定資産及び物品の管理運用に支障を及ぼし、学生の授業にも迷惑を与えた。

右行為は、就業規則六〇条六号及び一四号に該当する。

4  東北レポート記者との接触について

債権者は昭和六一年一二月四日、仙台市中央二丁目にある「マリアンヌ」において東北レポート・グラフ東北の記者とゲラ刷り原稿を前に打合せを行ったが、その後間もなく東北レポート新聞グラフトウレポに「あアー東北福祉大学疑惑の構図再検証」という大きな見出しのついた記事が載せられ発刊された。右記事の内容は虚偽の事実であり、大学の信用を落とすと共に、右記事の中で実名を挙げられた福祉大の関係者の教員の名誉信用を棄損するものである。

大学に関する事を大学に無断で報道機関に情報として流すことは、昭和五九年七月一一日大学の教授会で定めた要綱(教授会構成員は構成員のプライバシーなどは他に漏らすべきではないこと、これに違反した場合は教授会は厳重な警告、教授会への一時出席停止、除名辞職勧告などの措置がとれることを定めた要綱)に違反する。

さらに、就業規則六〇条六号、一一号及び一四号に反する。

5  内部告発文書の作成について

債権者は、福祉大及び数人の大学関係者を誹謗中傷する文書を作成し、昭和六二年三月一二日、他人に了知しうる状況でこれを投棄していた。

教授会において、右反故紙の作成目的等の釈明を求められても、投棄した文書であるので関係ない旨答弁し、真面目な釈明をしない。

右行為は就業規則六〇条六号、一一号及び一四号に違反する。

6  福祉大関係者の告発について

債権者は、福祉大関係者二名を仙台地方検察庁に告発した。右告発は、不起訴処分になったものであるが、右行為は誣告罪にあたり、被告発者に多大の迷惑をかけた。

右行為は就業規則六〇条六号、一一号及び一四号に違反する。

7  野球部に関する誓約書問題について

債権者は、昭和六〇年一二月二五日付けの誓約書を当事者ないし関係者に一度も確認することなく、実名のまま報道機関に流し、また裁判の場に提出した。右行為により福祉大及び誓約書に名前の出ている学生本人その他の関係者の信用名誉を著しく棄損した。

右行為は就業規則六〇条六号、一一号及び一四号に違反する。

8  注意事項に対する違反について

福祉大学長は、債権者に対して、昭和六二年四月七日、教授会の意見に基づき、当分の間授業を持たせないこととし、更に、教授会の議長として、当分の間、教授会への出席停止の措置を採った。

右措置は、昭和六二年四月九日、同大学学長より債権者に対して言い渡されたが、その際、以下の(1)ないし(3)の事項も言い渡した。

(1) マスコミその他に対する個人的な無責任な接触で、大学に悪い影響を与えることは絶対慎むこと

(2) 出勤簿は必ず押印すること

新しい研究室で学問、研究に専念すること

(3) 研究室については、即時移転に着手すること

それにもかかわらず、債権者は(1)に違反して前記6の行為(仙台地方検察庁への告発)を行い、(2)に違反して出勤簿に出勤の都度押捺をしない。

平成元年三月八日の教授会で賛成五六、反対五、白票四をもって、教授会として債権者の辞職を勧告する旨決議した。それにもかかわらず、出勤簿に押捺することを行わず、7の行為(誓約書を実名入りのまま報道機関に流し裁判の場に提出したこと)を行い大学及び関係者の信用を失墜させた。

さらに、研究専念義務に違反し、無断で短期、長期の欠勤を繰り返している。

これらの行為は、就業規則六〇条一〇号に該当する。

債務者は、同年一二月一三日の教授会、債権者を懲戒することの是非について無記名で意見を徴したところ、賛成五七、反対二、白票五の結果となった。

そこで、債務者は債権者の弁明を聞くため、同月一九日付けで同月二二日午前一〇時に弁明を求めたいので学長室に出頭するよう通知書を発し、右通知書は同月二一日債権者宅に到達した。

しかしながら、年が明けて平成二年になっても、債権者から何の連絡もないまま経過したので、債務者は債権者を、同年一月一七日をもって懲戒解雇した。

四  債権者の主張

1  手続面における違法性と不当性

(1) 債務者が本件解雇を行うに先立ち、平成元年一二月一三日開催した臨時教授会において、債権者が右教授会に出席し、弁明をする機会を全く与えられず、別途調査委員会等から事情聴取等をされることもなかった。このように、債権者の反論、弁明をする機会が全くないまま解雇という懲戒処分がなされたものであり、その手続的違法性は極めて重大である。

右教授会開催後である同月一九日になり、学長から債権者に対し、弁明を求める照会がなされているが、これは右教授会で懲戒解雇をすることについての採決を完了した後のことであり、無意味なものである。

(2) 債権者に対しては、昭和六二年四月に、当分の間教授会への出席を停止する、当分の間学生への講義を担当させない旨の第一次処分がなされており、右処分について係争中であるにもかかわらず、同一の事実を懲戒解雇理由とし、反省が無いとして本件解雇を行ったものであり、これは債権者が裁判で自己の権利を主張すること自体を実質的な懲戒事由としているものというべく、裁判を受ける権利に対する侵害であり、明白な違法、違憲の処分である。

(3) 前記教授会においては、債務者が本件解雇を行うについて、賛成五七、反対二、白紙五の裁決がなされているが、右教授会は、実質的な意味で審議及び票決がなされたものとはいえない。

債務者が作成した資料に基づき、債権者に弁明の機会を与えず、懲戒事由の存否につき十分な吟味、検討を欠いたまま、裁決のみをしているものである。

また、右教授会の冒頭、学長が債権者を懲戒解雇に付することについては、理事会で既に決定している旨説明し、それを前提に議論を行われているので、自由な意見の表明がなされたのか疑問である。

2  内容面における違法性と不当性

(解雇事由)

債務者は、本件解雇を行う理由として、以下の事由を挙げている。しかしいずれも本件解雇の事由とはならない。

(1) 無断欠勤について

この問題は、第一次処分の理由とされたもので、現在係争中である。

債権者には、債務者が主張するような無断欠勤等は存在しない。

大学の教員は、事務職員などと異なり、出勤するかどうかについて、大学における講義等の時間以外は、研究者である教員の自主的判断に委ねられている。従って、債権者が毎日福祉大に出勤しなかったとしても、それが欠勤等に該当しないことは、教育、研究の自由を有する大学教員の職務、身分の特質上当然である。

また、債権者のみならず、他の同僚教員の多くも慣行的に同じような勤務体系をとっている。

春休みにおける実家への帰省が、長期欠勤とされているが、学生の休暇中の期間においては、特段の事情がないかぎり、その期間の過ごし方につき教員には自由裁量があるのが通例である。

第一次処分の事例(昭和六二年春)の際も、債権者は、帰省の届けを出していたのであり、債務者において前例に反し、帰省は認めない旨主張しだしたものである。

(2) 出勤簿への押印不実施について

この問題は、第一次処分の理由とされたもので、現在係争中である。

大学の教員には、大学への毎日の出勤が義務づけられていないものであり、出勤簿の押印の問題を他の事務職員と同様に扱うことは失当である。

債権者は、数回の出勤分をまとめて出勤簿に押印することがあったが、一括押印は、他の教員等においてもしばしば行われていることである。

大学の教員の特殊性に照らすと、出勤簿の存在自体が意味のないものであり、右押印方法の不徹底が、懲戒解雇の根拠とはなりえない。

(3) 研究室の移転拒否について

この問題は、第一次処分の理由とされたもので、現在係争中である。

教員にとって、研究室というものは、研究図書等を備えて、講義の準備や、研究活動を行う中心の場であるから、研究室の移転が必要な場合には、そこの使用者たる教員と十分協議の上、研究等に支障がないよう手続きを進めなければならない。しかしながら、事前の協議もせず、昭和六一年三月下旬になり、四月からの研究室の移転を一方的に通知しようとした。そのため、債権者が右手続の不備を批判し、その結果研究室の移転が計画より一年遅れたものである。

(4) 東北レポート記者との接触について

この問題は、第一次処分の理由とされたもので、現在係争中である。

債権者が、マスコミ関係者と面談することは、懲戒事由たりえない。

また、東北レポート新聞が発行され、その中で、福祉大をめぐる疑惑についての記載がなされているが、右記事の内容と債権者は関係がない。右記事を理由に懲戒処分をするのは、失当である。

(5) 内部告発文書の作成について

この問題は、第一次処分の理由とされたもので、現在係争中である。

右文書は、債権者が原稿として作成したものの、相当でないと思って廃棄し、ゴミ箱に捨てたものであるところ、大学執行部の指示を受けた職員がゴミ箱から発見したものである。これは、大学教員の思想の自由、学問研究の自由を侵害するものである。

右文書の内容は、後記の告発問題や野球憲章違反問題と関係しているが、右文書の記載内容は、いずれも真実であり、この点からも懲戒事由たりえない。

(6) 福祉大関係者の告発について

債権者が他の教員有志七名と共同で、福祉大執行部二名を仙台地方検察庁に告発し、同検察庁が不起訴処分にしたことは事実である。しかしながら、右処分は、債権者の告発が虚偽であるとしてなされたものではない。

また、右告発により、福祉大の信用が損なわれた事実もない。従って、解雇事由たりえない。

(7) 野球部に関する誓約書問題等について

債権者を含む福祉大教員有志が、全日本大学野球連盟に対し、上申書を提出して、実態の解明を求め、参考資料を提出していることは事実であるが、債権者が右行動を採ったのは、右連盟に対し実態を理解してもらい、豊富な資料をもとに公平な立場で調査してもらい、福祉大の管理運営の正常化に資したいためであり、債権者の行為は不当なものではない。

右連盟が、福祉大について、憲章に抵触しないとの結論を出したことは事実であるが、北部地区大学野球連盟の調査結果について尊重するのが適当であるとしているにすぎないものであり、積極的に違反がない旨の結論を出したものではない。

問題の発生の原因についての究明をしないまま、債権者を懲戒解雇にするのは失当であり、処分事由にもあたらない。

また、第一次処分の訴訟中、債務者は、意を体した者をして債権者側証人に威迫を加え、内規という虚偽文書の捏造をした。そこで、債権者は、証拠捏造を防止するためやむを得ず、氏名を伏字にしないまま誓約書を書証として法廷に提出したのであり、まさに緊急避難ともいうべき行為である。

しかし、債権者がマスコミに右誓約書を公表したという事実はない。

(解雇権の濫用)

債権者の行為が、仮に、債務者の主張する懲戒事由のいずれかに該当するとしても、それに対する処分は最も軽い譴責に処せられる程度のものであり、懲戒解雇に付するのは、著しく均衡を失し、解雇権の濫用である。

第三検討

一  被保全権利について

1  無断欠勤について

(証拠略)、債務者主張の欠勤の期間は出勤カードに債権者の押印がないこと、債権者は、出勤カードについては毎日、決まって押印するのではなく、まとめ押しを行っていたこと、その場合に出勤した日の分については通常押印していたことが認められる。しかし、出勤カードに押印のない日のすべてについて、債権者が出勤しなかったとまでは認められない。かえって(証拠略)押印の漏れがあったこと、更には、後記の期間を除き、就業規則六〇条一号にいう「欠勤が引続き一六日以上に及んだ」期間はないことが認められる(日曜日は数えない。)。

これに対し、昭和六一年三月一三日から四月一六日の三五日間の欠勤についてみると、前記証拠によれば、右期間は春休みであり講義のないこと、三月二二、二四、二七日には総務課長が研究室移転の件で債権者のところに電話連絡をとったが連絡がとれなかったこと、債権者は四月一〇日の教授会を欠席していること、債権者が春休みの期間は裁量があると自ら述べていることが認められ、右認定事実及び前記(証拠略)によれば、右期間中四月一四日ないし一六日を除くその余の期間は出勤していなかったと認められる。

ところで、債権者は大学の教員としての身分及び勤務形態の特殊性について主張する。確かに大学の教員の勤務形態が、一般のサラリーマンと異なっていることは認められる。しかしながら、春休みの期間は学生にとっては休暇と位置づけられても、大学の教員にとっては学生の進級等に関する手続があり重要な期間といわなければならず、右期間に連絡先を明らかにせず、かつ教授会にも出席しないことまでの裁量はないと考えられる。

したがって、少なくとも右期間は「正当な理由なしに欠勤が引続き一六日以上に及んだとき。」に該当する。

なお、(証拠略)、右期間以外にも、債権者が無断欠勤をしたことは認められるが、いまだ就業規則六〇条一四号該当の事由があるとまではいえない。

2  出勤簿への押印の不実施について

前記認定のとおり、債権者は、出勤カードについて毎日決まって押印するのではなくまとめ押しを行っていたことが認められる。もっとも、右事実が就業規則六〇条一号に準ずる行為であり、同条一四号にいう「その他前各号に準ずる程度の行為のあったとき。」に該当する程度の行為であることについては疎明がない。

3  研究室の移転拒否について

(証拠略)によれば、研究室の移転についての大学側の通知については手続が踏まれていたこと、債権者が大学に自己の所在を明らかにしていなかったため大学から連絡がとれなかったこと、他の教員と異なり特に短い期間で移転をするように通知されたものではないこと、右移転は債権者の研究室を心理学科の実験演習室として使用すること及び研究室が図書館内にあることから生ずる管理上の問題を解決することに目的があったこと、研究室の移転が結果的に一年遅れたこと、心理学科の実験演習は狭い部屋で機械を置いて行わざるを得なかったこと、結果的に実験演習室が右債権者の研究室に移転しなかったのであるが、それは新校舎の完成が近くに迫っていたためであること、債権者の移転した後の右部屋は倉庫として使われていたこと、債権者に割り当てられた新研究室は教員の研究室に当てられている研究棟の中にあり、かつ債権者のみを差別的に扱うものでないことが認められる。

以上のように、右行為によって債権者が債務者に与えた損害は小さくはないが、その程度、内容において就業規則六〇条六号にいう故意又は重大な過失によって「学園に損害を与えた」ときに該当するとまでは言えず、また、一四号にもあたらないものと考えられる。

4  東北レポート記者との接触について

(証拠略)によれば、債権者は昭和六一年一二月四日頃東北レポートの記者と喫茶店マリアンヌで会ったこと、同記者は、翌朝までに債権者と打合せをしたゲラ刷りを印刷し同人に渡すことを約束し、翌朝右ゲラ刷りを渡したこと、それにもかかわらず同年一二月四日一二時から一八時の間に投函した旨の郵便局のスタンプが押してある封筒に入った東北レポートの記事が福祉大の大竹榮総務部長宛に送られてきたことが認められる。

右事実によれば、債権者にゲラ刷りが渡される以前に既に大竹榮総務部長宛に右記事が送られていたのであるから、右記事の内容が債権者から伝えられたものであると推認することは困難である。

5  内部告発文書の作成について

(証拠略)によれば、昭和六二年三月一二日午前一〇時頃、福祉大の職員であった石田悟が同月末に退官する本田祖芳の引っ越しの手伝いにいった際、同大学図書館棟二階湯沸場の中にあったゴミ入れポリバケツ内に内部告発文書を発見したこと、右文書は他人の目に触れ易い状態で原稿がそのままの形で捨ててあったこと、右文書とともに他人の履歴書が捨ててあったこと、右図書館棟には債権者の研究室があったことが認められる。

しかしながら、右発見場所がゴミ入れの中であったことを考慮すると、就業規則六〇条六号、一一号及び一四号に該当する程度の行為を債権者が行ったと認めるに足りる疎明があるとはいえない。

6  仙台地方検察庁への告発について

(証拠略)によれば、債権者が代理人を通じて大竹榮及び萩野浩基を仙台地方検察庁に告発したこと、右告発の結果、大竹榮、萩野浩基の両名は不起訴処分になったことが認められる。しかし、不起訴処分には「罪とならず」「嫌疑不十分」のほか「起訴猶予」等犯罪の嫌疑がある場合も含まれるから、不起訴処分になったことから直ちに債権者が刑法一七二条にいう虚偽の申告をなしたものと推認することはできないし、また、不起訴処分の処分理由が「罪とならず」や「嫌疑不十分」であることを認めるに足りる資料もない。その他右告発が就業規則六〇条六号、一一号及び一四号に該当することを認めるに足りる疎明資料はない。

7  誓約書問題について

(証拠略)によれば、平成元年一〇月二日、福祉大に読売新聞及び河北新報の記者が来訪し、学生の実名入りの誓約書のコピーを示したこと、その際、応対にあたった総務部長が誓約書をコピーさせてもらいたい旨申しいれたところ「どちらにしても明日の裁判に出るのだから。」と拒否されたこと、翌三日の河北新報の朝刊はコピーが法廷に提出されることを予告していること、同日仙台地方裁判所で行われた第一次処分についての訴訟の口頭弁論で右誓約書のコピーが債権者側の代理人から学生の実名入りのまま提出されたこと、誓約書を書いた父親は誓約書のコピーを保管していたが、新聞記者や報道機関にこれを見せたことはないこと、誓約書は息子には見せたことはあっても渡したことはないこと、息子である学生も債権者に誓約書のコピーを渡したことはないと述べていることが認められる。

他方、債権者は、右実名を出された学生が福祉大の一年に在学中の昭和六一年に右学生の英語の授業を担当していたが、右学生に面談を求めた際に学生から朱肉で押印してある右誓約書を見せられ、その際にコピーを取っていた旨述べている。

しかしながら、前記事実からは、第一次処分についての訴訟の債権者側代理人である弁護士が同訴訟の口頭弁論期日に法廷で学生の実名入りの誓約書を提出したこと及びその前提として提出につき債権者の了解を得ていたことは推認することができるが、右提出された場所が法廷であったこと、報道機関に流すことについてまでの了解があったのか、誰が報道機関に流したのか、誓約書の入手経路の点については債権者、債務者双方で異なっていることに鑑みると、就業規則第六〇条六号、一一号及び一四号にあたる程度の疎明があったとはいえない。

その他、右各号に該当する事由を認めるに足りる疎明資料はない。

8  昭和六二年四月九日に福祉大の学長から言い渡された事項を遵守しなかったことについて

(証拠略)によれば、昭和六二年四月九日に福祉大の学長から債務者主張の遵守事項が債権者に言い渡されたことが認められる。

しかし仙台地方検察庁への告発が注意事項であるマスコミその他に対する「無責任な接触にあたるもの」とは言い難い。誓約書問題についても、誓約書のコピーを報道機関に流したのが債権者であることについて疎明がないこと、提出先が法廷であることからすると、右の「無責任な接触」であると認めるに足りない。遵守事項言渡し後も債権者が出勤簿へのまとめ押しを行っていることは外形的には認められるものの、懲戒解雇の事由となる程度に「改悛の見込みがない」とまではいえない。また、債権者が研究専念義務に違反しているとは認められない。その他、就業規則第六〇条一〇号にいう「数回訓戒、懲戒を受けたにも拘らずなお改悛の見込みがないとき。」に該当する事由は見い出せない。

9  以上述べたところによれば、債務者が主張する懲戒解雇事由のうち、1の無断欠勤を除くその他の事由については、これを認めるに足りる疎明はないといわなければならないが、1の無断欠勤については、少なくとも昭和六一年三月一三日から四月一三日までの欠勤が、就業規則第六〇条一号の「正当な理由なしに欠勤が引続き一六日以上に及んだとき」に該当すると認められる。

しかし、債権者の右期間における欠勤は、その期間も決して短いとはいえないし、かつ正当理由もないのであるが、右期間は春休みであり学生に対する講義もない時期であったこと、債権者は教授会に理由なく欠席したのであるが、教授会自体は滞りなく開かれ、また学生の進級等に関する手続も特に支障なく進められたのであって、大学の業務に大きな支障を来したものではないと認められること、それまで、債権者の無断欠勤について、債務者において特に注意を与えた事実も認められないことからすると、右期間の欠勤をもって、懲戒解雇に処するのは相当ではなく、懲戒権の濫用であるといわざるをえない。

二  保全の必要性について

確かに債権者は山口県にある実家の寺の住職ではあるが、現在住所地に妻及び二人の子供と共に生活していることなどを考慮すると、保全の必要性を是認できないものではない。

債権者は、毎月の給与の外に賞与に相当する金員の仮払も求めているが、債権者の毎月の給与の額、生活状況等に照らすと、賞与に相当する金員の仮払を求める申請については、その必要性は乏しいと認められる。

また、債権者は、給与等の仮払に併せて地位保全の仮処分も求めているが、地位保全の仮処分については、その執行につき実効性はないといってよく、また、雇用契約における労働者の権利の中核ともいうべき給料債権につき仮払を認容すれば、特別の事情がない限り、これを保全する必要性はないと解すべきところ、未だ特別の事情を認めるに足りる疎明はない。

したがって、債権者の申請は、毎月の給与(三八万二〇二〇円、但し源泉徴収及び社会保険料等控除前の金額)の仮払を求める限度で理由があるが、その余の申請については必要性を認めることができない。

第四結論

以上の次第で、債権者の申請は主文記載の限度において理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを却下し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 小野貞夫 裁判官 吉野孝義 裁判官 青山智子)

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